メモに残っていた言葉、今日の言葉*

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    ゆるむ、今必要な力以外はゆるめている、をまさに体現しているちくわさん。

     

    スマホのメモ帳に、ずいぶん前に残していた言葉。

    今日探しものをしているときに、ふと目に入りました。

     

    今日のわたしに、スマホさんからの贈り物でしょう。

     

    『緩むということは、自分の使っていない力を使えるようになるということ』

     

    『自分自身が本当にゆるんでいることがたいせつ。風通しをよくして、脱力し、

    でも自分の中心に軸がある。そして地に足がついている。

    一番の答えは自分の中に』

     

     


    ことば

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      今から来てくれる人を、ダッシュして迎えに行こうとアイドリング中のちくわさん。

       

       

      ことば。

       

      文字になった言葉、声に出して発せられた言葉。

      どちらも。

       

      今のわたしには、あのときあの言葉をもらったおかげで、心をぐっと支えてもらったという言葉があります。

       

      きっと、言ってくれたほうは覚えていないかもしれない。むしろ覚えていなくていいのです。

       

      そういう言葉たちがミルフィーユの層のようになって、今日のわたしができています。

       

      そんな言葉って、思うのですが、

      考えて考えた結果絞り出してくれた言葉というより、

      なんて気なしに、力みがはいっていないときに、ふわっと出てきた言葉だったように思います。

       

      言葉は、良い方にも、そうでない方にもなるので、扱いには気をつけないといけないものではありますが、

       

      誰かの心をあたたかくしたり、ほぐしたり、助けになるような言葉は、

      思ってもいないことを言っていないこと、

      考えすぎた言葉でないこと、

      ふだんの会話の中でふわっと出てくる思い、

      なのかもしれないなと思います。

       

      そして言ったほうは、言ったことを忘れているのも、思いがのった言葉が普通にそこにある感じで

      よいなぁと思います。

       

      何年も前にもらった言葉を大事にしているわたしですが、ふとしたときにその言葉を思い出して、

      わたしはわたしでよいのだ☆と思っています。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       


      やめるか、つづけるか。

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        なんども、なんども、友達に言ったら笑われるくらいなんども、

        ヨガを教える、ヨガクラスをするということを仕事にすることを、やめようと思ったことがあります。

        正確にいえば、今もどこかで思っています。

         

        この世界には、日本には、大阪には、岸和田や和歌山には、たくさんのヨガスタジオやヨガ教室があって、

        わたしがやらなくても誰も困らないし、意味があるんだろうか、

        わたしのところに喜んで来てもらえるほどの魅力もないだろう、

        そして、むしろ今のヨガという世界を取り巻く真ん中ではなさそうな、わたしのヨガ教室に来る人はいるんだろうか。。。

        そのわりに、岸和田はプライベートヨガでやっていきたいとかふざけたことを言っているぞ!

         

        挙げれば、ネガティブな言葉がズラズラ並んできます。笑

         

        でも、続けるにしても、やめるにしても、変わらないことがあって、

        それは、わたし自身はずっとヨガをしているということです。

        人になんていわれようとも、自分がよいなぁと思って練習を続けているヨガが好きなのです。

         

        わたしは、お世話になっている大好きな先生から、

        ヨガは暮らしの中にあること、

        自分自身を見る目をやさしさとあたたかさと愛を持ってみること、

        毎日を生きること、

        を教えてもらってきたと思っています。

        どんなすごいポーズをできるよりも、生きていく本質を教えてもらってきたように感じています。

         

        だから、仕事としてするかどうかより、自分のためにヨガをしています。

         

        生きていると、ほんとに色んな出来事があって、

        言葉にもできず「うわぁぁぁ」な気持ちが渦まくこと、

        腹が立つことに頭がカッカすること、

        心配ごとで夜眠れなくなること、

        ほんとにいろんなことがあります。

         

        それでも、わたしは朝起きてヨガや瞑想をすることで、一日をはじめるエネルギーがわいたり、

        夜寝る前にヨガや瞑想をすることで、頭の中を整理整頓して、心に余白を作れて、

        お布団にはいることができています。

         

        ほんまにヨガしててよかったと思っています。

         

        同じ時代を生きている誰かに、わたしが先生から渡してきてもらったことを、

        渡していけたらいいなと思っています。

         

        先日、マークウィットウェル先生のワークショップに参加していたお友達がシェアしてくれた言葉が好きなのですが、

        マーク先生が「私がずっと手を握ってあげますから、一緒にプラクティスしましょう」と仰ったそうです。

        (私は、これを「ずっと手を振っていますから」と読み間違えたんですが。それも想像するとかわいい)

         

        わたしも、そのような温かい手を差し伸べられるうような人になりたいと思っています。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         


        わたしのエネルギーの注げるやり方*

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          わたしがヨガをはじめたころは、インスタやSNSはなかったような記憶があります。

          Yoginiという今でもあるヨガの情報雑誌や、本屋さんに売っている本、

          インターネットでヨガをするスタジオさんや場所を探したり、カルチャーセンターやスポーツジムのプログラムで

          ヨガやってるんだなぁとみながら、どこに行けばいいか、自分にあってそうなところはどこなんだろう?

          と探していました。

           

          はじめての場所、はじめての人、はじめての先生、はじめてのことをするということは、

          思い切ったら割りとすぐ動く方のわたしですが、こういう「はじめて」づくしの一歩はすごく緊張したものです。

           

          今の時代、SNSが普及していて、「ヨガ」というハッシュタグで見ると、

          おーーーっ!わーーーっ!というくらいの勢いでたくさんの情報が流れ込んできます。

           

          今、わたしがヨガをはじめてみようと思ったのだとしたら、

          選択肢が多いから良いなと思うより、

          もしかしたら「わたしヨガできない、無理っ!」となっていたかもしれないと思います。笑

           

          それはわたしの心のクセというか、思い込みも十分あると思うのですが、

           

          難易度の高いポーズができるようになったとアップしている方、おしゃれなウェアを着ている方、

          たくさんの参加者がおられるワークショップでの集合写真、

          前向き思考であること、ハッピーオーラという言葉の数々、よいところだけ切り取った投稿、

          もちろんそれだけではなくて、共感する言葉や、あたたかいやさしい言葉で、

          画面越しにうんうんと頷いたり、心を解いてもらうこともたくさんあります。

           

          ヨガするということは、、、この中に入っていかないといけないのかぁ。。。。と

          大人数の中のコミュニティにいることがあまり得意ではなく(自分がどういたらいいのかわからなくなるので)、

          体の柔軟性もないしと、強さもないし、

          なかなか最初の一歩が出せなかったかもしれないなぁと思います。

           

          ヨガというのを仕事にしている今でも、ヨガ業界という言葉は好きではないし、その業界に属しているとは

          思っていないし、ビジネスという言葉も好きではありません。(仕事にしているだろう!と言われるかもしれませんが)

           

          ヨガをすることが、自分のことを知り、戦う存在ではなく、傷めつける存在ではなく、

          いたわり、やさしく愛情を向ける存在であるということを思い出していくためのひとつの方法として親しんでいたい、

          ヨガをしたときの、なんとも気持ちよいねぇ、落ち着くねぇと思いながら、ほくほくした顔になっていたい。

          そう思っているのですが、

           

          ある一面から見ると、ヨガをすることが、誰かとの優劣になっていたり、マウンティングする道具になっていたり、

          わたしと世界を、わたしと誰かを分けてしまう道具になっていないだろうか、そう感じさせていないだろうか。

           

          もっと足りない、まだまだ足りないということを煽られて、焦っていないだろうか。

           

          かつての、そして今のわたしのように、キラキラしているところに行くのに、ドキドキしてしまう人でも、

          年齢や肩書きや体の強さ弱さが関係なく、ひょっこり顔を出して、「ここ大丈夫そう」と安心して、

          ヨガに親しむ場所であればいいなぁと思っています。

           

          いろんなヨガをする場所、目的があって、選択肢や機会が増えるのはいいことだなぁと思います。

           

          その中でわたしは、ヨガをするということは、単なるエクササイズではなくて、

          ヨガやほかのことも含めて、「すこやかに生きていく」「幸せはわたしの中にある」ことを

          大切にしていきたいと思うのです。

           

          そんなの必要ないよ〜というかもしれない大多数に向けてのヨガクラスではなく、

          わたしのエネルギーを注げるやり方(ものすご〜く狭い需要かもしれませんが)で、

          ヨガをしていきたい。

           

          それもあって、ひとりひとりに向けたヨガもいいなと思って、

          岸和田のヨガクラスは、基本的にプライベートヨガにしようと思いました。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           


          自然の見せてくれるもの

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            昨日の夕方、電車から見えた夕焼けです。

            スマホで撮ったので、もっともっと美しかった夕焼けと、その色になっている海の色は

            写真では伝わらないのですよね。

             

            こんな自然の見せてくれる美しさは、そのときそのとき大事に心で目で耳で肌で感じていきたいなぁと思います。

             

            ずーっとずーっと変わらない自然の美しさ。

            自然の中で生きて、自然と同じだよと言われているわたしたち。

            同じように変わらない、夕陽には夕陽の、海には海の、空には空の、わたしたちひとりひとりの、

            美しさがあるのだよねぇと、しみじみ思うのです。

             

            自分の外側にあるものの美しさは、気づくし、いいねぇ♪と言えるのに、

            自分のことになると見えないのが不思議!もうっ!

             

            なので、こうやって「ほらっ!」と見せてくれてるのでしょうね。

            ありがたい。ありがたい。

             

             

            そんな風に、本来の自分に戻っていくように、自然の一部だよということを確認するように、

            8月もヨガをしています。

            スケジュールの記事が、埋もれていくので、ここにリンク貼っておきますね。

            よかったらどうぞ☆

            8月のスケジュール

             

             

             

             

             


            過去のこと、今を生きること、未来につなげること

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              わたし自身もそうですが、人は今この瞬間に現在に生きていても、

              今の現状や状態、起きている出来事を通して、

              昔のことを思い出して、

              「あのときこんなことをしていたけど、もうできないんだなぁ」とさみしくなったり、

              「こんなことしてもらったのに、ありがとうってちゃんと受け取ることができなかった」と後悔したり、

              「あのときは助けてもらったのに、何もお返しできていない」と申し訳なく思ったり、

              「あれ楽しかったなぁ」とにんまりしたり

              しています。

               

              未来のことも、今までの経験や、テレビやネット、本など色々な情報、想像をフル活用して、

              わくわくしたり、不安になったりしています。

               

               

               

              そんなわたしが今日思うことは、今はもう戻れない過去のことを、

              さみしくなったり、後悔したり、申し訳なく思ったり、にんまりしていいんじゃないかなと思います。

               

               

              「こんなことできていたのに」は、

              ちゃんとでも、ちゃんとしてなくても、そのときの体験を、わくわくしたり、楽しんだり、

              ときには怒ったり、しながら、その瞬間を生きていたということです。

               

              「ありがとうって受け取ることができなかった」という後悔は、

              そのとき「ありがとう」できなかった自分は受け取り下手で、それが少しずつ時間を重ねて、体験を重ねて、

              受け取っていいんだということを知っていけるきっかけとなったかもしれません。

              そうだとしたら、そのときの「できなかった」は、これからのわたしにすばらしい種を蒔いてくれたのでしょう。

               

              わたしも褒められたり、何かをしてもらうのが超苦手で、

              「そんな価値はわたしにはない、申し訳ない、まだまだそんな域には達していない」と

              体も心もこわばらせて、ふたをして、してもらってたことや愛を、はねつけてきたように思います。

               

              受け取れなかった過去があって、少しずつ「ありがとう」と受け取れるようになってきたわたしがいて、

              その今のわたしがあるから、過去のわたしにも、何かをしてくれた相手の方にも、

              現在から過去に向かって、愛を送れるんじゃないかなと思っているところです。

               

               

              「あのとき助けてもらったのに、○○してもらったのに」と、今の不義理な自分に罪悪感などを持っているときは、

              そのとき助けてもらったり、何かをしてもらったことを、そのとき、その瞬間、それを受け取っているのです。

              そのとき受け取ったというで、与える側、受け取る側でちゃんと交換できていたんじゃないかなと思うのです。

              「助けを受け取ったよ、してもらったことを受け取ったよ」ということが、十分なお返しになっているように

              思うのです。

               

              もしその方に、何かをお返ししないとと思っているけど、できないのであれば、

              別の誰かを助けたり、誰かに何かをしていくことで、giveとtakeのすてきな循環ができていくように思います。

               

               

              結局何が言いたいかと言うと(笑)

              今を通して、過去をみたり、未来を見たりしています。(たぶん)

               

              過去にできなかったこと、してもらったこと、そのとき感じたこと、反応したこと、それに現在からは何も修正はできないけれど、それでいい。

              できなかった、してもらった、という時間を、その瞬間を、わたしは体験し、味わった。

              「その時間を瞬間を生きたね」ということが、そのときのことを後悔し、さみしくなり、うれしくなる

              わたしを癒してくれるチカラになり、未来のわたしにつながるすばらしい種をまいてくれてるように思います。

               

              わたしの個人的な思いだけど。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               


              ポジティブでもなくネガティブでもなく。

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                メディアやSNSなどでイメージされているヨガとか、ヨガを教えている人というのは、

                何事にも前向きで、ハッピーにあふれていて、笑顔で。。というものかもしれません。

                100%そんな感じで過ごせていたら、毎日を明るい気持ちで過ごせるのかもしれませんねぇ。。。

                 

                わたしですら、肩もこらず、夜も良く眠れて、体調もよく、毎日をおだやかに生きているのだと思われていて、

                「そんなことないですよ」と言ったら、驚かれるし、何ならヨガって健康に効果ないのかもと

                疑いを持たれてしまうのではないかと危惧しています。

                 

                今から暗い話を聞かせましょうというのではないので、ご安心を。笑

                 

                ほかの方はどうかわからないですが、

                わたし自身は、

                ずっと肩こりを持っているし、

                腰も自称ガラスの腰だし、

                首もお線香より折れやすいのではないかと思うくらい弱いし、

                胃も丈夫ではないので、食べ過ぎたり、お酒がキャパを超えると、ううぅぅとなるし、

                自分に必要以上にきびしいし、

                印象良くないとずっと思い込んでいるし、

                人との距離をなかなか近づけることができないし、

                リラックスしたり、力を抜いたりということが人一倍下手だし。。。

                 

                と、こんな私がヨガとか養生法教えてて良いんだろうか。。。と頭を抱えた泣きたくなるくらいです。

                 

                俗にいうネガティブ要素満載なのですが、

                ネガティブだ!ダメだ!と拳を振り上げて、自分に怒らないようになってきました。

                そうなってきた。昔からそうではなかったのが、ちょっとずつましになってきてて、

                でも今でも拳振り上げそうになります。

                 

                今はどちらかというと、

                「そういうところがあるよなぁ。でもそれがわたしの100%でなはい(どこかにちょっとくらいいいとこもあるやろう。。」

                ということを知っている軸みたいなのがありつつ、ネガティブモードの自分を見ている、

                という感じでしょうか。

                 

                そういうところがあるから、

                体をこまめにほぐしたり、人の手を借りてメンテナンスするし、

                あたたかいものを摂るようにしているし、

                人からみたらつまらない人生かもしれませんが、食べ過ぎ飲み過ぎにはなるべく気をつけているし、

                (その後、胃の調子が悪くて寝込むのを何度も繰り返したので学習しました)

                 

                リラックスしたり、ゆるむことが得意じゃないから、何よりそんな時間を持たせてくれるヨガの練習をしているし、

                 

                ついつい自分のことを厳しくジャッジしてしまうので、ジャッジしない時間を持って、

                ジャッジしなくてもいいし、そんなに悪いところばかりじゃないよ〜と落ち着くために静かに座る瞑想するし。。。

                 

                まだまだわたしの中で、手を放していい考え方の癖や、体の癖がたくさんあって、

                それを見つけて、手を放していくことを、

                いろいろな場面やツールでできていけばいいなぁと思っています。

                 

                ポジティブにもネガティブにも寄り過ぎない、

                そのあたりをゆらゆらと漂いながら、

                自分にもっと甘くできるようになればいいなと思います。

                 

                 

                こんな感じなので、ハッピーオーラ全開☆(キラ☆)みたいな人でないけれど、

                自分はゆるむの下手なのに、人によくゆるもうねって言えたな(笑)とツッコミたくなるけれど、

                いろいろな段階を経て、だからこそ話せることや、安心して過ごせる場を作ることが

                できるのかもしれない、そうありたいなと思っています。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 


                誰かに勧めたくなるとき。

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                  散歩していたり、買い物に行くのに歩いていくと、道に咲き始めている春の草花が

                  たくさんあって、名前はわからないのだけれど、「今年も咲いたね」とあいさつしたくなります。

                   

                  この小さなピンクの花は何という花なんだろう。

                   

                   

                  ヨガであったり、アーユルヴェーダのことだったり、クレイのことだったり。

                  自分がやってみて、「よいなぁ」「気持ちいいなぁ」「こんな変化があって」と好きになったり、

                  毎日に取り入れたくなるような体や心の整える方法があるのですが、

                  人には「これがいいからやってみたら」と勧めないようにしています。

                   

                  勧める場合も、なんというか、

                  「このパンおいしいから、試しに食べてみて!」くらいの

                  その後の反応に対しては、「こういう反応が欲しかった」のような期待はもたない気楽な紹介にしています。

                   

                  自分にとって良かったものは人に勧めたくなるものなのですが、

                  相手の方がそれをいいと思うタイミングでなくて、

                  「せっかく紹介したのに」のようなこちらの勝手ながっかりになったり、

                  紹介する場の空気によっては、自分にとって大切なものが何というか軽い雑談のタネになって

                  笑って終わってしまうということが、何度かあったということもあります。

                   

                  そんなついつい紹介したくなってしまう私が、勧めないようになったのは、

                  決して、ガッシャーンと扉を閉じたわけでなくて、

                   

                  ヨガやアーユルヴェーダ、そのほかの生きる知恵を教えてくださっている先生や本が、

                  「人に紹介したくなったら、自分自身がそれを通して良い状態でいること。」

                  と教えてくれたことが大きいなぁと思っています。

                   

                  『あの人があんなにいい感じなのは何をしているからだろう?試しにやってみようかな』

                  『どんなことをしているのか聞いてみようかな』

                  と、興味の扉を開いたときが、わたしたちのはじめるタイミングになるように、自分自身の体験からも

                  思います。

                   

                  そして、何かを人に勧めたくなったときは、自分自身にとっても「そのこと」「その言葉」が必要な

                  タイミングなのかもしれません。

                   

                  わたしがこの方から学びたいと思う先生はみな、その方自身がそれを実践されていて、

                  そしてそれを声高にいうことなく、その方の存在が輝いておられる方ばかりだなぁと思います。

                   

                   

                  なので、今日もわたしは、こつこつまず自分を整えるということをしていこうと思っています。

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   


                  まわる、めぐる、循環する○

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                    ヨガミトラさんのヨガニードラクラス、

                    4月と5月の開催日が増えたのでお知らせです。

                     

                    4月13日(土)

                    4月27日(土)

                    5月11日(土)

                    13時45分〜15時

                    ヨガミトラ中崎町教室

                     

                    ご予約は、ヨガミトラさんまでお願いします*→YogaMitra

                     

                     

                    ヨガミトラさんは、わたしがとても好きな場所です。

                    ここに来るたび、窓から庭を眺めながら座るたび、

                    まわりの喧騒から離れて、自分の時間に戻るような、呼吸が整うような気持ちになります。

                     

                    ここに来るたび、

                    好きだなぁと思う場所に来れること、そこでヨガができること、

                    そこでお会いできることに、

                    ありがたいなぁ、うれしいなぁと、心が満ちるというのはこういうことだな、という気持ちになります。

                     

                    まいにちの中で、

                    どこでヨガをするかとか、何を買うか、どこでごはんを食べるか、、、

                    たくさんのことを選んでいます。

                    その選ぶ動機、きっかけ、決め手は、「ありがとう」という気持ちでありたいなぁと

                    最近よく思っています。

                     

                    物々交換というのは、なかなか難しい時代ですので、何かを買ったり、してもらったときに、

                    「お金」で支払うということをしています。

                     

                    お金とはエネルギーだよというおはなしはよく聞いたりします。

                     

                    ならば、それを渡すことも、受け取ることも、気持ちよく、にこやかに、

                    「ありがとう」という気持ちで受け渡しできたら、よいなぁと思うのです。

                    それは直接的に渡す場合でなくても。

                     

                    髪を切ってくれた美容師さんに、「いつもいい感じにしてくれてありがとう」

                    髪を乾かしてもらっている間にお茶を持ってきてくれるアシスタントさんに、「喉渇いてたの助かった、ありがとう」

                    いつもロミロミで体をゆるめてくれるゆかりちゃんに、「ゆるめてくれてありがとう」

                    ごはんやさんにも、「ごちそうさまでした。ありがとう」

                    いつも行くスーパーのレジの人に、「ありがとう」

                    勉強行くとき、先生に「今日もいい学びに時間をありがとうございます」

                     

                    なので、できるかぎり、

                    「ありがとう」という気持ちをのせて、渡すことができる店、場所、人を選んでいたいと思うようになりました。

                     

                    わたし自身もそう思って、参加費をいただけるようなクラスをしていきたいと思っています。

                     

                    わたしであれば、それを頂くことで、

                    また勉強に行くことができたり、

                    わたしから「ありがとう」という気持ちで渡せる場所に行けたり、

                    それがまためぐって、まわっていくのだと思うからです。

                     

                    渡すことも、頂くことも、「ありがとう」で愛ある循環として。

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     


                    ひとつが全体に、全体がひとつに

                    0

                       

                       

                      まいにち生きていると、

                      うれしいこともあるし、楽しいこともあるし、

                      腹の立つこともあるし、なんともいえないもだもだした気分になることもある。

                       

                      体も痛いところもあれば、花粉のおかげでカサカサしてくる鼻もある。

                       

                      特に、あまり好ましくない感情や、心地よくないことがあると、

                      それが自分というもののすべてのような気持ちになる。

                       

                      わたし全部が、痛い、辛い、カサカサで作られているような気分になる。

                       

                      逆にうれしいことや楽しいことは、なぜか「こんないいことばかり起こってよいはずはない!」

                      なんてことを思ったり、

                      大変だなと思っていたことや、悩みがどこかに飛んでいってしまうことだってある。

                       

                      いろいろな感情のひとつひとつが、わたし全体にひろがっていくし、

                      実はひとつひとつ綺麗な境目があるわけではなくて、別々のようで「わたし」という全体を作っている。

                       

                      ひとつひとつに焦点をあててギュッと見てると、

                      大変なことばかりが盛り上がってくるけど、

                      全体を見てみると、

                      ちょっとした時の笑ったことや、楽しいこと、呼吸の気持ちよさ、体がのびのびする気持ちよさ、

                      自分じゃわからないけどその人の持つ魅力みたいなもの、

                      すでにあるものがいっぱいある。

                       

                       

                      そのときどきの、感情や感覚に右往左往しながらも、

                      全体をみたり、自分が選んでいくことを応援するような信頼することを

                      思い出す時間というのが助けになるなぁと思うのです。

                       

                       


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                      わたしとyoga classについて

                      はじめまして。せとひろみです。 ヨガを練習し、アーユルヴェーダを毎日に取り入れながら、こころからよいなぁと感じたことをお伝えしています。 大阪市、岸和田市、和歌山市でグループまたはプライベートクラスを開いています。 ヨガをするじかんが滋養を深める時間であるような場を作っていきます。 詳しくは、「クラスについて」をごらんください。

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